行政の立場からの提言
「令和元年5月、職場におけるハラスメント対策を強化する改正法が成立し、事業主に対して職場におけるパワーハラスメント防止のために雇用管理上講ずべき措置の義務付けなどが行われました」
「その際、衆議院・参議院厚生労働委員会の附帯決議として、カスタマーハラスメントに関して『雇用管理上の配慮が求められること』『その防止に向けた必要な措置を講ずること』といった記載が盛り込まれました」
こうした附帯決議の内容も踏まえ、改正法に基づく指針では、カスタマーハラスメントに関して「雇用管理上の配慮として事業主が行うことが望ましい取組」が規定されたことを紹介されました。
そして「一人ひとりが他者への迷惑行為をしてはならないという社会認識の醸成が必要」との考えを述べ、リーフレットの活用やマニュアル作成などを含め、総合的なハラスメント対策が政府レベルで進められていることを報告されました。
その上で渡辺氏は「今回の改正法では、ハラスメントは行ってはならないことへの関心を深めることなど、国、事業主、労働者の責務も定められた。社会全体でカスタマーハラスメントへの関心を高めていくことが重要であり、行政の立場としては、この改正法を着実に施行していきたい」とまとめられました。
カスタマーハラスメントの現場から
UAゼンセンは国民生活に関連する多種多様な産業で働く皆さまの集まる日本最大の産業別労働組合。安藤氏はその一員としてカスタマーハラスメントの現場で実態調査を行うなど、早くから意欲的な活動を続けてこられました。
安藤氏の「ハラスメントの連鎖を断ち切ろう」とのメッセージをご紹介します。
UAゼンセンは国民生活に関連する多種多様な産業で働く皆さまの集まる日本最大の産業別労働組合。安藤氏はその一員としてカスタマーハラスメントの現場で実態調査を行うなど、早くから意欲的な活動を続けてこられました。
安藤氏の「ハラスメントの連鎖を断ち切ろう」とのメッセージをご紹介します。
「小売業で5万件の事例を調査・分析したところ、75%がカスタマーハラスメントを経験していることがわかりました。2020年には、どんなお客がカスタマーハラスメントをしているかを調査。その属性は圧倒的に男性で、40代以上が9割を占めていました。この層はサービス業とはこういうものだという思い込みが強く、自分の意に沿わないと“おまえを教育してやる”との気持ちが前面に出てくると推測されます」
「私自身“お客様は神様”と教え込まれて育った世代で、理不尽な要求も受け入れるのが当たり前と学びました」
「カスタマーハラスメントが増えた背景については『怒りを鎮める時間がなく、ケータイ等ですぐに連絡できるようになった』『社会全体が不寛容になった』『怒りの沸点が低下した』などといったことが考えられます」
「サービス業の現場で働いている人たちにも、いろんな世界があることを想像して欲しい。例えばレジのパートさんは、家に帰ればお母さんなんです。カスタマーハラスメントに遭ったら、そのもやもやを子どもにぶつけるかもしれない。相手の家族にまで影響が及んでしまうことを、皆さんには想像していただきたいんです」
「UAゼンセンでカスタマーハラスメント防止に向けた署名活動を行ったところ、176万を超える署名が集まりました。段ボールにして101個にも達したこの署名に基づき、内閣総理大臣宛に『悪質クレームから労働者を守る対策を講じること』などの要請を行いました」
「ただカスタマーハラスメントは、被害を受けた人が加害者にもなりかねません。実はサービス業従事者が別の店で悪質なクレームを入れているケースもある。こうした連鎖こそ止めなければなりません。そのために『企業が対策することでカスタマーハラスメントを止める』『消費者の行動を社会的な呼びかけにより改善する』『従業員はよいサービスの提供を追求をする』の3点が重要です」
安藤氏は最後に
「先ほどの渡辺様のお話にもあったように法整備も進んできました。社会全体でカスタマーハラスメントへの認識を高めていくことが、負の連鎖を防ぐ上で最善ではないかと考え、今後も活動を続けていく考えです」と改めて強い決意を述べられました。
怒りの連鎖を断ち切るためのヒント
「カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先からの著しい迷惑行為のことと定義されます。問題点としては、企業にとって安全配慮義務違反になる可能性があること、企業の生産性を下げる可能性があること、パワハラを生む負の連鎖の可能性があることの3点です」
「顧客からの理不尽な要求に対しても尽くさなければならないような職場では誰だって安心して働けないし、休職、メンタル不全、離職等も増加します。また、怒りの感情は強い立場から弱い立場へと伝播しがち。いわゆる“八つ当たり”を生み、しかも伝染するため、家庭内へと伝わればDVやモラハラになりかねません」
「怒りの感情とは不安の中から生まれるものであり、今は怒りを持て余す人が増えている。結果としてカスタマーハラスメントが生まれやすい状況になっています」
「カスタマーハラスメントの対策としては『法的知識、リスクの認識』『企業として顧客とどう向き合うのか、その姿勢、方針をつくる』『担当部署では怒りをぶつけてくる人への対処を明確にする』の3点が柱となります」
「もし顧客から怒りをぶつけられたら、“同意はしないで共感をする”“事実を説明して弁明はしない”“気分を害されたことへの謝罪はしてもとりあえずの謝罪はしない”“組織として対応しても個人としての対応はしない”といったことが、怒りを大きくしないことにつながります」
そして最後に
「すべての人が自分の感情に責任を持てれば、私たちは怒りの連鎖を断ち切ることができると信じています」とのメッセージで締めくくりました。
後半では、UAゼンセン・安藤賢太氏と日本アンガーマネジメント協会・安藤俊介の「W安藤対談」が行われました。(以下敬称略)
我々がカスタマーハラスメントの問題に取り組むようになったのは、レジに立っていたパートさんがお客から小銭を投げつけられ、「私には人権がないのか」と声を発したことがきっかけでした。
確かに世界的に見れば日本の人権意識は低いですね。なぜサービス業の人は低く見られがちなのでしょうか。
経験・地位のある男性客は「サービスとはこうあるべし」との思い込みが強いのでしょう。そこにズレを感じると怒りをぶつけてしまう。あとは「お客様は神様」という曲解ですね。
楽観的かもしれませんが若い世代は「お客様は神様」という言葉を知っていないので、世代が変わればその間違った考えも消えるかもしれません。
いずれにせよカスタマーハラスメントには日本社会の悪い面が反映されていると思います。格差社会の影響もあるでしょう。
法の枠組みについてはどうお考えですか。
企業が甘い顔を見せずに対処する、消費者教育をする、悪質なクレームは犯罪として規制する。この3点です。ストーカー規制法の考え方を採り入れれば、法的な規制も可能でしょう。
消費者教育については。
啓発ポスターを店内に貼ってはいるものの、今はこれが限界ですね。企業はこの問題ではあまり前に出たがりません。みんながやるなら、という意識が強い。長い目で根気強くやりたいと思います。
目線は何年後に。
10年、20年かかるかもしれませんが、まずは5年後には何らかの成果は残したいですね。
パワハラという言葉が世の中に出たのが2001年で法規制が行われたのが2020年。ですからカスタマーハラスメントについても一定の成果が出るまで10年はかかるかもしれません。
それまでこの歩みは止めず、前に進みたいですね。
今回はアンガーマネジメントの立場からオンラインインベントを企画しました。誰もが気持ちよく過ごせる、住みやすい社会が一日も早く実現して欲しいと願っています。
以上、限られた時間の中ではありましたが中身の濃い意見交換が行われました。
オンラインインベントの最後には「カスタマーハラスメント防止標語大賞」の審査結果を発表。全675もの応募作品の中から見事に標語大賞に輝いたのは次の作品です。
標語大賞
『お客様 「神」でもなければ「上」でもない』(くりーむさん)
選評「お客様は神様という誤解について、皮肉を込めてうまく表現されています」(安藤俊介)
UAゼンセン賞
『言えますか? 大事な人にも その言葉』(こんゆみさん)
選評「これを目にしたらカスタマーハラスメントができなくなりそう」(安藤賢太氏)
日本アンガーマネジメント協会賞
『言えますか? 大事な人にも同じこと』(小林友子さん)
『カスタマー 毒を吐いたら モンスター』(むーむーさん)
選評「自分を客観視する大切さを伝えています」(安藤俊介)
スマイル賞
『クレーマー 妻と同じで 逆らわず』(さごじょうさん)
『無理難題 一休さんも 匙を投げ』(チュー犬ジョンさん)
選評「笑える様式美があります」(安藤俊介)
オンラインイベントを終えて
想像以上に多数の方にオンラインでご参加いただき、関心の高さを実感しました。現場でカスタマーハラスメントに悩んでいる人はもちろんのこと、経営上の課題ととらえている経営者も多いのではないでしょうか。カスタマーハラスメントはかっこ悪い、アンガーマネジメントのできる人はかっこいいという価値観が社会に広がっていくことを願うとともに、我々も初志を貫いていかなくてはとの思いを強くしました。
今日、私にとって一番響いたのは「人権」という言葉でした。人権への意識がサービス業の現場で無視されていることを、本当に悲しく思います。今後も日本アンガーマネジメント協会として啓発イベントやセミナーを開催するとともに、悩める方々の受け皿も検討します。またアンガーマネジメントのできる人はカスタマーハラスメントをしないと信じて、アンガーマネジメントを学ぶ人を増やしていきたいと考えています。
今日、私にとって一番響いたのは「人権」という言葉でした。人権への意識がサービス業の現場で無視されていることを、本当に悲しく思います。今後も日本アンガーマネジメント協会として啓発イベントやセミナーを開催するとともに、悩める方々の受け皿も検討します。またアンガーマネジメントのできる人はカスタマーハラスメントをしないと信じて、アンガーマネジメントを学ぶ人を増やしていきたいと考えています。